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不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款
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オススメ度 4点
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自筆「源氏物語」の「夕霧(ゆうぎり)」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。東鑑御狩巻。
「夕霧の巻」の主人公「夕霧」は、国宝「源氏物語絵巻」の中に柏木を見舞う柏木として描かれている
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。【中古】 列子の研究 老荘思想研究序説 (1981年)。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。古今名人画稿 検索⇒唐本 漢籍 支那 玉扣 善本 線装 木版刷 木刻本 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 清朝 掃葉山房 鄭板橋 揚州八怪 書画名家。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。●極上和本YM3708●大諸礼集 江戸前期刊・17巻本 伝小笠原貞慶作 天正20年貞慶跋 慶長申年、小笠原秀政跋 元和9年、小池甚之丞跋。現在の今上天皇と系譜がつながっている。★【希少本 古書】小学 校本 内篇 合壁摘要 小学本注 山﨑點校本 山崎点校本★ゆうパケット発送可能。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。(宋)鮑彪 (元)呉師道重 (明)張文カン校輯『戦国策』(全10巻15冊揃)菱屋孫兵衛刊 江戸時代和本 唐本漢籍和刻本 中国古典籍。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。千字文網目 画引十體 1836年 木版刷 木刻本 漢文 漢学 支那 篆文 金石篆刻 書道法帖 王基 孫丕顕 唐本漢籍 古籍善本 線装本。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。●極上和本YM4745●開化小野バカムラ啌字尽[小野バカムラウソ字尽・宇曽字尽]式亭三馬原作改編 鴻田真太郎作 滑稽本 稀書 往来物 戯文。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。●極上和本YM3399●女用文章往かひ振[婦宝文庫](後印)天保4年 年中用文章 往来物 原装題簽付。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。原色 珂羅版 唐本廟堂碑 臨川四寶第一 有正書局 中華民国期 北平 翁方網 玻璃版 紅印本 朱印譜 唐本漢籍 書道法帖 拓本 支那。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。●極上和本YM3338●〈御家〉牢人帖[牢人帖・牢人申状](原装題簽付1)元禄7年以前刊 稀書往来物。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。伊藤東涯著 安原貞平校『刊謬正俗』(附録共二冊揃)明和九年 林権兵衛刊 印記「石川氏蔵書記」 江戸時代和本。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。日光名細記。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。粟津義圭『御文浚溝録』(全三巻三冊揃)寛政六年 北村四郎兵衛刊 江戸時代和本 浄土真宗 仏教書 仏書 印記「山中正吉所蔵之記」。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 犬甘主 古文書。また、各巻ごとの書かれた年については不明。弓道・弓術巻物・日置流雪荷派・方道起請巻・射形目録・八十五箇条・長さ約3m50cm。従って、応永五年とは、書き始めの年である。柳橋新誌 初、二編。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。長谷川伸旧蔵書 『大阪市史』(全七冊揃=本編五巻六冊+索引)明治44-大正4年(元版・初版本)大阪市参事会刊 大阪府郷土史料 幸田成友。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。【中古】 ハイデッガー選集 第15-16 (1963年)。
大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。小雪 菊池幽芳 前後編 大正3 小説切り抜き集自作本 未書籍化作品 大阪毎日新聞社 検)戦前明治大正古書和書古文書写本古本PA。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門(おおいみかど)」を称する。米庵墨談 正続。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 犬甘半左衛門 富家弓法之書 古文書。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。●極上和本YM3171●さやま乞巧帖 往来物 サ山竜池 周暁 不言斎 秀盈 叡麓 安永6年。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。大全新童子往来。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。宗雪聞書 全 和書 文政 利休 茶道 古書 古文書 歴史書 秘伝。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。岡島泳舟(岡島献太郎)『西廂記』(全2冊揃)明治27年 岡島長英刊 中国元代・王実甫戯曲 明治時代和本 久保田米僊彩色木版画入 中国文学。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。☆E0253和本江戸享保3年(1718)仏教音韻学「新増韻鏡易解大全/新増韻鏡字子大全」5冊揃い/盛典/古書古文書/木版摺り/梵字。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。室鳩巣『駿台雑話』(全五巻五冊揃)寛延三年序 伊丹屋善兵衛他刊 江戸時代和本 随筆集 儒教 朱子学。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。俳諧用捨箱。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。漂客紀事。
出品した「源氏物語」は夕霧(ゆうぎり)の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。写本 中院通茂歌集『老槐和歌集』江戸時代和本(写本) 老槐集。「夕霧」の巻名は、夕霧が柏木の正室(朱雀院の姫君・女二の宮)落葉の宮に書き送った和歌「山里のあわれをそうる夕霧に立ち出でん空もなき心地して」による。貫名菘翁名品集成 全九卷 平成十二年 長坂慶子 発行 サイズ約36x23cm 古書 古文書 和書 古本 骨董 古美術。源氏の君と葵の上の長男・夕霧は、病にふせる柏木を見舞う場面は、国宝「源氏物語絵巻」に美しい画像として描かれている。女用文章往かひ振。柏木は、自分がなきあとの正室・女二の宮(朱雀天皇の皇女)の行く末を案じ、友人の夕霧に遺言として女二の宮の後事を託す。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 中津 古文書 書状。柏木なきあと、落葉の宮と称される女二の宮の世話をするために法事の世話などの用事にかけつけて落葉の宮をあう。長谷川伸旧蔵書(自筆覚え書入) 小野芳彦先生遺稿刊行会編『小野翁遺稿 熊野史』昭和9年 和歌山県立新宮中学校同窓会刊。そこで、恋心がつのった夕霧は、落葉の宮との結婚を願うようになる。●極上和本YM4208●〈百瀬〉飛鳥山往来 稀書往来物 百瀬耕元 佐熊耕梁作 寛政3年 原装題簽付 美本。夕霧と会う落葉の宮を心配する母の一条御息所は、心配のあまり夕霧に手紙を送る。大内青巒『熱海独案内 全』明治18年 遊仙洞上梓 熱海温泉案内書 明治時代和本 折込地図「豆州熱海全図」。だが、その手紙は夕霧の正室・雲井雁の発覚によって夕霧に渡ることはなかった。増補谷文晁本朝画纂大全。娘・落葉の宮の出家の希望を聞いた父・朱雀院(前朱雀天皇)は、一条宮の邸に連れ戻される。四民往来永楽通宝。しかし、夕霧の希望により落葉の宮との対面の機会が生まれ、二人は婚儀を行なう。●極上和本YM3343●〈寺沢流〉商売往来絵抄(享保17年)寺沢氏書 稀書往来物。源氏の君と紫の上はこれも運命と考え忠告するのを控える。徳本上人勧誡聞書。夕霧と結婚した落葉の宮は、その後、多くのこどもを授かり幸福な時を過ごす。星巌先生遺稿 四冊一括。
自筆上部の「人非木石皆有情」人木石に非ざれば皆情あり「人は木や石ではない、心と言うものを持っている」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。清朝光緒年 千家詩注 木刻本 木版刷 唐本漢籍 古籍善本 支那 漢詩 漢学 朱印譜 白棉紙 武英殿 聚珍版 線装本 絵本 話本套印。夕霧の巻の一節「岩木よりけになびきがたきは、契りとうてにくしなど思うやうあなるを」の一文による。【中古】 建築構造計画入門 (1969年)。夕霧の巻の原詩は「木石」であり、夕霧の巻は「岩木」であるが、古来「白氏文集」に由来されているとされる。●極上和本YM4680●〈四民教訓〉我身のため 我身之為 初・中編7冊揃(下編未刊) 無極庵真嗣翁 大橋真嗣編 石門心学 2編揃いは極稀。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。沙門文雄編『磨光韻鏡字庫』(全二巻二冊揃)天明8年 柏原屋清右衛門刊 江戸時代和本 中国の音韻図「韻鏡」研究書 磨光韻鏡後篇。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」夕霧(ゆうぎり)の巻》
「夕霧」の巻は英文で「Evening Mist」と表記されます。祠保堂帳 文化6年 臨済宗 洞春寺 山口県山口市水の上町 仏教 観音祥院 写本 検)浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗PB。
《原本上部に「人非木石皆有情」(人木石に非ざれば皆情けあり)漢詩の落款が押捺。女訓宝文庫(躾方百人一首)。夕霧の原文に引用されている。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 犬甘 要鑑 六武、十二城、十三備、十四手、二十二安、十九地 古文書。》
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。上州草津温泉之図。)
「自筆原本」
自筆右下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。拾玉智恵海。
自筆上部の「人は木や石ではない、心と言うものを持っている」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。●極上和本YM3217●愛育茶譚(半紙本)桑田和(立斎)嘉永6年春刊 医学 産育史料。
《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。岡村丈山『鼇頭覆覆集』(全三冊揃)元禄17年刊 井上梧陰旧蔵書(印記「梧陰文庫」)江戸時代和本 石川丈山漢詩集『覆醤集』注釈書。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。源氏物語評釈 全12巻別巻2 14冊揃 玉上琢彌 セット。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。●極上和本YM3339●〈新板〉牢人状[牢人帖・牢人申状](原装題簽付2)元禄頃刊 稀書往来物。
《「源氏物語」夕霧(ゆうぎり)の巻》
《原本上部に「人非木石皆有情」(人木石に非ざれば皆情けあり)「白氏文集」の漢詩の落款が押捺・夕霧の原文に引用されている。●極上和本YM4709●〈石門〉陰陽和合和讃・地獄極楽同境和讃 寂庵作 嘉永2年 中村徳水序 平野橘翁跋 石門心学 稀書。》
《あまの衣に》・・・・・たちやかへまし
猶(なほ)、うつし人にては、え過くすましかりけり」
と、ひとりことにの給ふを、立ちとまりて、
「さも、心うき御心かな。蔀関牛 増補書状便覧 竜章堂 和本 古書。
まつ(松)嶋のあま(海士)のぬれ(濡)きぬ(衣)なれぬとて
ぬきかへつてふ名を立ためやは」
うち急きて、いと、なほなほしや。窪村一舟編『信濃俳諧百家集』明治18年刊(長野県西筑摩郡)明治時代和本 伊那の俳諧結社円熟社創設の馬場凌冬ほか 長野県伊那市郷土史料。
かしこには、猶、さしこり給へるを、人々、
「かくてのみやは」
「若々しう、けしからぬ聞えも侍りぬへきを。(中国晋代)張華撰 (宋代)周日用等注『博物志』(正続全二〇巻四冊揃)嘉靖十年序刊 江戸時代和本 唐本漢籍和刻本。例の御有樣にて」
「あるへきことをこそ、きこえ給はめ」
なと、よろつに聞えけれは、「さもあること」
とは思しなから、いまより乃ち・・・・《よそのきこ(聞)えをも》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。西脇惟親 (西脇国三郎) 著 西脇済三郎編『雲林遺稿』(全二巻二冊揃)明治34年刊 漢詩集 新潟県小千谷市郷土史料 西脇順三郎。
《「源氏物語」夕霧(ゆうぎり)の巻》
《夕霧、月明かりの下で恋する女二の宮(落葉の宮・朱雀天皇の皇女)とご対面》
《夕霧、恋しい女二の宮(朱雀天皇の皇女)からのお手紙の返事をお待ちになる》
《女二の宮(朱雀天皇の皇女)一条邸の部屋にこもる》
《(夕霧)はよれよれになったお召物をお脱ぎになって、特別にととのえた衣装を幾重もかさねて、
香をおたきしめになり、きれいに身づくろいし美しくお化粧してお出かけになる。五人組帳写。
女君(夕霧の正室・雲居雁)は、火影(ほかげ)に映える大将(夕霧)のそのお姿を見送っておられると、
こらえようもなく涙がにじんでくるので、お脱ぎ残しになった単衣(ひとえ)の袖(そで)を引き寄せて、
(夕霧の正室・雲居雁)「なるる身を……(長い間連れ添ってきて飽きられてしまったこの身の
不幸を悲しむよりは、いっそのこと尼にでも》・・・・なってしまおうかしら。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 繁藤之弓作左法 古文書。
やはりこの世にこのままはとても暮してはいけそうにもない私だった」
と、独り言におっしゃるので、大将は立ちどまって、
(夕霧)「なんという情けないお心でしょう。(古本)日本から世界へ ドナルド.キーン カセット付き サイマル出版会 F05062 198702発行。長い間連れ添ってきて飽きがきたからといって、
わたしを見捨てて尼になったなどと噂されてよいものですか」
と、気がせいているせいか、大将(夕霧)にとっては、まったくありきたりの歌ではある。『相場割代盛記』上田源蔵刊(濃州大垣本町)江戸時代和本 岐阜県大垣市郷土史料。
あちら(女二の宮の一条邸)では、宮(女二の宮・朱雀天皇の皇女)が
やはり塗籠(ぬりごめ)にこもっていらっしゃるので、女房たちは、
(女二の宮付女房)「いつまでもこうしていらっしゃれるものではございません。☆E0274明治18年(1885)官員録役人名鑑「文部省職員録」1冊/古書。
大人げなく変ったことをなさるお方だと評判にもなりましょうから、いつものお部屋にお戻りになって、
申しあげたいことを殿(夕霧)のお耳にお入れしたらよろしいでしょうに」
などと、あれこれお勧め申すので、宮(女二の宮・朱雀天皇の皇女)は、
もっともなこととはお思いになるものの、これからさき・・・・・《世間でどう取り沙汰されるか。服部甫庵旧蔵書 荻生徂徠『南留別志』(全五巻五冊揃)宝暦12年 吉田松根堂刊 江戸時代和本。》
備考・女一の宮(今上天皇の皇女)の母は明石女御。親鸞聖人御一代記図絵 全5冊。紫の上は女一の宮(今上天皇の皇女)を養育している。【中古】 花のすがた 円照寺山村御流のいけばな (1973年)。
備考1・備考・宮(朱雀天皇の皇女・女二の宮)からのお手紙(実際には母君の代筆)を、雲居雁(夕霧の正室)に奪われた夕霧が理由をつけて取り戻そうとする。『仏説善悪因果経絵抄』(全七巻五冊揃)享保17年 天王寺屋市郎兵衛版 江戸時代和本 仏教書 仏書 絵入本 仏教美術。
備考2・落葉の宮は、朱雀帝と一条御息所の皇女で、柏木の正室。●極上和本YM3172●〈玉置〉初学消息集(題簽中央)玉置茂八 享保14年 稀書往来物。柏木は生前、友人の夕霧に落葉の宮の行く末を遺言として託していた。南部立庵(南部草寿)『倭忠経』(全二冊揃)寛文7年 武村新兵衛刊 江戸時代和本 大和忠経。
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。大樹公御上洛并諸説録。
《Evening Mist (夕霧)》
Though she spoke very softly, he heard and turned back.
"You do seem to be in a mood.
"Robes of Matsushima, soggy and worn,
For even them you may be held to account."
It was an impromptu effort and not a very distinguished one.
Again he found the princess locked in a closet.
"What a silly child you are," said one of her women.
"People will think it very, very strange. Do please come out and
receive him in a more conventional sort of room."
She knew that they were right, but she hated him for the
unhappiness he had caused and for all the gossip to come.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
《夕霧》
“断情成弃,何如披剃着衣!在俗世真是住不下去了!”
夕霧站定了答道:“何等无聊的想法!弃故夫披剃去,
枉教人世笑君痴。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 長時 古文書。”此匆促草成,故甚平凡。【中古】 経済学原理 第2編 下 (1982年) (初期イギリス経済学古典選集 11 )。
且那位落叶公主,一直在藏室中。●極上和本YM4227●近江八景(近江八景〈并序〉)長谷川妙躰書 享保18年 女筆手本 稀書往来物 原装題簽付。侍女道:
“公主不成一子住在里面。三体詩(唐賢)。
中国訳文の出典:『源氏物語(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」夕霧の巻の末尾(原本番号73-A)の押印。R-074865 斉白石 印譜(中国、唐本、古書、古本、書道具、和本)(R-074865)。
左端の2つの印が仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)。天野節次郎編『大連旅順金州名勝風景写真帖』大正2年 天野満書堂刊(大連市)大正時代の中国大陸写真集。冬姫は内大臣・通誠の養女。一封亭朶雲他「浪華狂歌集」(仮題)寛政9年序刊 江戸時代和本 俳諧書 俳書 狂歌集 狂歌絵本。
冬姫は通称。フレミング原著 箕作麟祥訳『泰西自然神教』(二冊=巻一,巻二)明治7年 文部省刊 明治時代和本。正式な名は伊達貞子。柳菴雑筆。左端の写真は「夕霧の巻」末尾の拡大写真。(古本)参謀本部 大本営陸軍部 臨参命・臨命・大陸命・大陸指総集成2 昭和12年 森松俊夫 函付き モリティ出版 MO8005 19941031発行。
左上は、「人非木石皆有情」の印。●極上和本YM3183●風月往来抄[〈独講釈読方入〉風月往来](3種)明暦4年 『風月往来』の注釈書の嚆矢 山岡元隣注 稀書 他に所蔵無し。左下は仙台藩の家紋印
右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。●極上和本YM3362●女小学教艸(宝暦13年)北尾雪坑斎画 往来物 美本。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(奥書は、令和2年11月29日に蔵の中の桐箱から発見されたものです。◆古書・古文書・和書◆『春秋命歴序攷 全2巻』天保4年◆。)
(出品した自筆の「断層画像写真」(夕霧の巻)MRI 39―62B
自筆下二つの印のうち下は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」、上は娘の幾千姫(玉映)の落款
「源氏物語」「夕霧の巻」主人公・夕霧の資料
下記写真は、国宝「源氏物語絵巻」の中に描かれる夕霧。十返舎一九肉筆紙片 【吉原】。
病床の柏木を見舞う夕霧。改正人国記 (日本各国風土図説)。左が柏木、右が夕霧。【中古】 電発30年史 (1984年)。
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。西脇済三郎『停雲録』昭和30年刊 石坂篤保・竹村顕斎・星野庄三郎・木島孝蔵・小林鶴蔵らの略伝集 新潟県小千谷市郷土史料。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
4番目の写真は、天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行
「人非木石皆有情」(人木石に非ざれば皆情けあり)の漢詩文の落款が押捺されている。江戸町づくし。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 犬甘 書状 古文書。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。●極上和本YM3334●男用文章大成 稀書往来物 他に所蔵無し。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。●極上和本YM4725●六諭衍義大意(藤原正縄板・安政板)室直清作 橈川華子書 内藤正縄題字 伏見板 稀書往来物。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。●極上和本YM3185●〈御家〉改撰消息往来(題簽付)往来物 川関惟充 橘正敬書 稀書往来物 異種消息往来。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。【希少】「征露従軍日誌」日清戦争/日露戦争/近衛師団/侵略戦争/皇軍兵士/従軍日誌/従軍日記/戦前中国台湾満州朝鮮。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。(古本)会津戊辰戦争 平石辨蔵 兵林館 HE8002 19170501発行。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。今昔物語集文節索引 1~31の内8・18・21未刊+索引2冊 30冊 馬淵和夫監。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。小社探(ほこらさがし)。撮影後、展示のために再表装をしております。山本北山著 雨森牛南校『作詩志コウ』(全二冊揃 合本全一冊)天明3年 須原屋伊八刊 漢詩論集 詩学詩論書 江戸時代和本。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。理慶尼の記。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。長谷川伸旧蔵書 今宮町編『今宮町志』大正15年 大阪府西成郡今宮町刊。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。明清版画 西湖十景 限定9000部 1979年 線装本 検索⇒唐本漢籍 支那 玉扣 善本 木版画 木版刷 木刻本 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 朱印譜。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。明治期 設計 デザイン本 難類彌家多 奈留美加多 検索:南流微鳩た 鳴海賀太 建築 彫刻 小田切春江 図版 唐草紋様 木版瓦版 型紙 藍染 絞染。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。●極上和本YM4729●世界郡都往来〈欧洲仏国之部〉(A)小林謙吉訳 長谷川実信画 横尾謙七序 明治6年 稀書往来物。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。布教 出家発心御文法話 香雲印澄玄説 明治32 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗 戦前OT。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。真宗礼讃偈 明治25年 仏教 浄土真宗 親鸞 戦前明治大正古書和書古本 NA。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。国訳秘密儀軌 全38冊 国訳秘密儀軌編纂局。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。稀少★日蓮聖人奉賛会発行 日蓮聖人全影 定価25万円 限定1000部 (管理90319674)。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。弁斥医断。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。●極上和本YM4726●六諭衍義大意(藤原正縄板・万延板A)室直清作 橈川華子書 内藤正縄題字 伏見板 稀書往来物。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。民間経済録二篇。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。山本北山『孝経楼漫筆』(全四巻四冊揃)嘉永三年 須原屋伊八刊 江戸時代和本 随筆集 絵入本。母は後水尾天皇皇女女二宮。江戸時代 長雄改春帖 寛政3年 1791年 / 寛政三年辛亥春三月上浣 長雄東雲 大和田安右衛門。実母は近衛家女房(瑤林院)。三芝居 顔見世給金附 坂東彦三郎・市川小團次・中村勘三郎。幼名は多治丸。佐田介石著『点取交通論』明治16年序 大伴義正刊 明治時代和本 外交論 貿易論。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。まちづくし(江戸町独案内)。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。倉田藍江(倉田恭英)編 落合芳幾画 安達吟光彩色木版画『近世烈婦伝』(3冊)明治13-14年 愛善社刊 明治時代和本(和装活字本)。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。絵本忠経。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。●極上和本YM4218●六百番歌合[左大将家百首歌合]承応元年初板本 藤原良経等詠 藤原俊成判 原装題簽付 美本 ★ゆうパック。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。卍空纂述 森田易信画『善光寺如来絵詞伝』(全六巻六冊揃)弘化四年序 東叡山蔵版/和泉屋庄次郎製本 江戸時代和本 仏教書 仏書 信州善光寺。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。●極上和本YM4698●かねもうかる(の)伝受(2種)脇坂義堂作 下河辺拾水画 石門心学。
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